丘の上に月が昇る・続

◆イタリアSF友の会◆

Il giorno in cui vinsi la guerra del passato

ダヴィデ・デル・ポーポロ・リオーロの短篇「私が過去の戦争に勝った日」(2021年)の紹介。

 

Davide del Popolo Riolo「Il giorno in cui vinsi la guerra del passato」(『Temponauti』(Urania Millemondi 90, Mondadori)掲載)

 

2014年に歴史改変古代ローマ+ウェルズ『宇宙戦争』モチーフのSF長篇『De Bello Alieno(エイリアン戦争について)』でデビューしたダヴィデ・デル・ポーポロ・リオーロ。2019年の長篇『Übermensch(超人)』でイタリア賞の国内長篇部門を受賞したが、その後、書き下ろし時間SFアンソロジー『Temponauti(時間航行者たち)』(2021, Urania Millemondi 90, Mondadori)に掲載された短篇「Il giorno in cui vinsi la guerra del passato(私が過去の戦争に勝った日)」(掲載)で2022年度イタリア賞の国内短篇部門を受賞。

 

ベルリンの時間研究所で、過去と繋がる時間ゲートの実験を行なっていたところ、ゲートから現れたのはヒトラーと部下たちだった。彼らは研究員たちを虐殺し、研究所を制圧する。だがこれは実験のチームリーダーだったランツマン教授の陰謀だった。ヒトラーを信奉する彼は、実は事前にヒトラー接触し、未来に呼び寄せてドイツ、いずれはヨーロッパの征服を実現させることを目指していたのだ。ただ一人逃亡に成功したハキム教授は、外部との連絡を絶たれて完全に孤立した研究所敷地内で、会話型AIと協力して事態の打開を目指す、という物語。

 

事態はかなり深刻なのだけど、ハキム教授とAIのやり取りがユーモラスで面白く、オチを含めて、実は多少コメディ寄りの作品。ただ、歴史を知っていないとオチが面白くないかもしれない。

Eclissi 2000

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リーノ・アルダーニ(Lino Aldani)の長篇第2作『Eclissi 2000(エクリプス2000)』(1979年)の紹介。最初の版は古本屋を探すしかないが、Perseo社から出ているアルダーニ著作集の『Aria di Roma andalusa』(2003年)に収録されているので入手はたやすい(現在はElara社が販売を引き継いでいる)。2006年にはUrania Collezione叢書からも再刊された。アルダーニの代表作の一つ。

 

宇宙船〈母なる地球〉号は、遥か彼方のプロキシマ・ケンタウリを目指して航行している。何世代も後の子孫が目的地にたどり着く世代宇宙船だ。船で暮らす者たちは三つの階級に分かれている。〈白〉に属する少数の者たちが権力を持ち、宇宙船の頭脳部分を管理し、〈赤〉と〈緑〉に属する多数の者たちを統べている。〈赤〉と〈緑〉は交代で労働を行ない、片方が起きているときは片方が睡眠を取っているという状況なので、この二つの階級の者が会話するのはなかなか難しい。船内には〈白〉にしか入ることが許されない場所もある。(なお、緑‐白‐赤の色はおそらくイタリアの国旗から)

 

〈赤〉に属する主人公(であり語り手)の青年ヴァルゴは、〈緑〉に属する相部屋の同僚の失踪が気になるが、入れ替わりに女性が入居してきたこと(異性がペアになるのは普通のことではない)も非常に気になっていた。また、この船は実はあてもなく放浪しているのではないか、目的地にはたどり着かないのではないかという疑いの声も耳にする。〈白〉の専制的な管理に対する不満も増し、不穏な空気が広がりつつあった。ヴァルゴは調査と思索の末に船の真実にたどり着き、それによって〈白〉の階級に迎えられ、一部の者しか知らない秘密を教えられる。

 

だがこの作品の主眼はそうした「世界」の転覆にはない。真実が明かされた後の展開こそが、アルダーニの本領発揮と言える。アルダーニは、権力と知の関係を暴き、自分の足元が分からない実存的な不安を描き出す。主人公ヴァルゴは自分の父と母が誰なのかも知らない。明かされた知も権力によって改竄されたものかもしれない。ヴァルゴは教えられた「真実」にすら疑いを抱く。

 

アルダーニの長篇1作目の『Quando le radici』(1977年)では、自分を見失い、大都市を捨てた主人公にとって、ジプシーが魂の救済となったが、本作の主人公は自力でなんとかしなければならない。その解決が結局は悲劇を生むことになるとしても。

La magica avventura di Gatto Fantasio

ムーニー・ウィッチャー『猫のファンタジオの魔法の冒険』

Moony Witcher, La magica avventura di Gatto Fantasio (2008)

 

〈ルナ・チャイルド〉シリーズの邦訳がある作家の幼年向け(5~8歳向けらしい)ファンタジーシリーズの第1巻。 舞台は猫たち(二足歩行)が住む世界〈ミーチョニア〉(ミーチョ[イタリア語で猫の愛称、「ニャンコ」みたいな感じ]+ニア)。主人公の少年ファンタジオは、フクシア色(濃いピンク)の毛に覆われて生まれてきた特別な猫。この普通とは異なる色に加え、生まれつきのひどい近眼、おまけに、異様に大きな尻尾。学校でうまくやっていけるだろうかと両親は心配で仕方がない。なにより、黒の縞模様の大きな尻尾が曲者で、尻尾を動かすと、魔法を使えるらしいのだ(通常、魔法を使えるのは魔法使いの国に住んでいる魔法使いだけ)。でも、うまくコントロールできずに勝手に魔法が発動するし、噂も広まり、記者も殺到するなど、ファンタジオの周りではいつも騒動が巻き起こる。実は、フクシア色の特別な猫だけが、幸せをもたらす〈猫の宝玉〉を見つけられるという伝説があり、魔法使いたちはファンタジオに興味津々。 本書の冒頭には、この世界の地図が描かれていて、それぞれの地域の特色や、〈猫の宝玉〉を巡る伝説や歴史もかなりのページを割いて詳細に記されている。このシリーズには壮大な背景があるらしい。とはいえこの巻では、ファンタジオと仲良しの二人の女友達(うち一人はやがて恋人になる)との楽しい日々や、ちょっかいを出してくる悪ガキトリオなど、基本的にはファンタジオの日常生活が描かれている。毛の色が他と異なることで、ファンタジオが落ち込んだり、両親が心配したり、悪ガキトリオにからかわれたり、嫌な状況に陥ったり、でも、友達や家族が支えてくれたり。本巻は主要人物の紹介を中心としたオープニングで終わっているけれど、事件の種をあちこちに撒いている感じもあり、今後の展開が楽しみ。

小さな虎

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フランチェスコ・ディミトリ(Francesco Dimitri)の短編「Piccola tigre(小さな虎)」(SF雑誌『Robot』60号、2009年)。

 

「ぼく」の恋人ペニーが拾った猫。ミカエルと名づけられたその猫は、全身に黄と黒の虎の縞模様にも似た傷痕があった。普通の猫とはどこか雰囲気が違う。「ぼく」は、何か邪悪なものを感じる。ある日、隣の家のシェパードが惨殺された。「ぼく」はミカエルの仕業だと直感する。この猫は悪魔なのではないかとも思う。ある夜、ペニーは車にひき逃げされて死んだ。「ぼく」は現場に居合わせていたが、あまりのショックに、車のナンバーも運転手の顔も思い出せない。ペニーが死んだ夜、ミカエルは姿を消した。そして一年が過ぎ…… 同著者の2013年の魔術小説『L'età sottile(淡い年頃)』では、主人公グレゴリオは自分の意思で、人を殺す選択をする。慈悲か、正義か。許すか、許さないか。天秤にかける。魔術師は、人間の法を越えたところで生きるがゆえに、自らの意思とそれによる選択が、非常に重要なのだ。その後、罪の意識が湧き上がってくるのに気づいたグレゴリオは、自分がまだ人間であることに安堵する。長編『Pan』でも、コミックマニアの主人公が、同じ趣味のおかげで仲良くなった女の子を、魔術的な理由から殺すシーンがあった気がする(何年か前に読んだきりでうろ覚えなので、違っているかも)。 この短編でも、「ぼく」は、ミカエルにじっと見つめられながら、人を殺すか殺さないかという選択を迫られる。この短編「小さな虎」には魔術の要素はないように見えるけれど、根底にあるものは『L'età sottile』と同じ。主人公は選択を迫られ、自分の意思で選び取る。魔術の土台は意思と想像力だとされるが、自らの意思に他人の運命が左右されるというのは、とても恐ろしいことだ。その重みに耐えることができなければ、魔術師にはなれない。その意味で、ディミトリは、魔術師の倫理というものを描き続けている。

販売開始

文学フリマ札幌で頒布しましたダリオ・トナーニ『明日は別の世界』とエミリオ・サルガーリ『月をめざして』ですが、盛林堂書房さんの通販サイトで販売が始まりました。よろしくお願いいたします。数に限りがありますので、お早めに。

http://seirindousyobou.cart.fc2.com/

トナーニ短篇集の表紙

文学フリマ札幌で頒布する、ダリオ・トナーニ(Dario Tonani)短篇集『明日は別の世界』の表紙を作りました。表紙イラストは、『モンド9』表紙を手がけたフランコ・ブランビッラ(Franco Brambilla)さんです。文字サイズ等、まだ多少修正するかもしれませんが、基本的にはこんな感じです。 copertina_domani_s.jpg