丘の上に月が昇る・続

◆イタリアSF友の会◆

Ultima. La città delle contrade

カルロ・ヴィチェンツィの長編SF『ウルティマ:地区都市』(Carlo Vicenzi, Ultima. La città delle contrade, Dunwich Edizioni, 2014)の紹介。   世界大戦争により世界は崩壊した。時が過ぎ、生き残った人々は〈ウルティマ〉と呼ばれる都市で暮らしている。都市を取り囲む壁の外には、どこまでも廃墟が広がっている。〈ウルティマ〉はいくつかの地区に分かれて、それぞれ独自の自治が行なわれている。だが、地区対抗の競技大会〈パリオ〉が毎年開催され、この〈パリオ〉に優勝した地区が一年のあいだ、都市〈ウルティマ〉全体を統治する権力を手にする慣わしだった。 〈パリオ〉では、レースや格闘競技など、何種類かの競技が行なわれ、優勝地区が決定される。試合においては、相手を傷つけることが堅く禁じられている。その決勝戦で、〈西地区〉代表のデメトリオ・ディサンティは、〈聖十字地区〉代表に重傷を負わせてしまう。手にしていた「武器」には殺傷能力などないはず。なのになぜ? デメトリオは殺人未遂罪を宣告され、すべての持ち物や財産は没収され、地区を追放されてしまった。どの地区にも所属しない〈地区なし〉になったデメトリオに行くあてはない。デメトリオは、決勝戦の際に自分に武器を手渡してくれた赤毛の女に疑いを抱く。あのときに武器をすりかえられてしまったのではないか? そんなデメトリオを救ったのが〈カラス地区〉のスパイであるヴェロニカだった。彼女に拾われたデメトリオは、発明家のミランダ、さらにはデメトリオと同じく赤毛の女の罠にはまって自分の地区を追放されたイアゴとともに、〈母様〉と呼ばれる赤毛の女の陰謀を探る。だが、〈ウルティマ〉の今年の統治地区である〈聖十字地区〉のリーダーとなった〈母様〉の部隊が、デメトリオたちの隠れ家を強襲し、デメトリオたち四人は命からがら〈ウルティマ〉の壁の外に逃れた。 このまま彼らは廃墟の中で生きていかなければならないのだろうか? だがデメトリオは〈母様〉への復讐を決意する。自分と同じような〈地区なし〉たちを集め、新しい〈地区〉を作り、次の〈パリオ〉に参加して、正々堂々と権力を奪取してやる!と。こうしてデメトリオたちの反撃が始まった。  〈ウルティマ〉の〈パリオ〉は、実際にイタリアのいくつかの町で行なわれている伝統的な地区対抗競技大会(競馬が多い)のパリオが元になっている。著者あとがきによれば、この作品には著者の暮らしている町、フィナーレ・エミリアパリオへの思いが込められているそうだ。作中の都市〈ウルティマ〉の名(「最後」という意味)も、このフィナーレ・エミリアの「フィナーレ」から取られている(というより、フィナーレ・エミリアの架空の未来の姿と考えた方がいいかもしれない)。 ハイパーテクノロジー文明は、大戦争により崩壊した。〈ウルティマ〉を支えているエネルギーは蒸気である。いわゆるスチームパンクの世界だ。デメトリオは、ミランダの作った蒸気駆動の〈腕〉をつけている(表紙に描かれているごつい腕が〈腕〉だ)。人力をはるかに凌ぐ〈腕〉は随所で活躍を見せてくれる。蒸気馬車のレースをはじめ、多彩な〈パリオ〉の競技での派手なバトルは楽しいし、個性豊かなメインキャラ四人がそれぞれ過去を乗り越えて新しい未来をつかむという筋の流れには爽快感がある。展開のはっきりした、読みやすくて楽しいスチームパンク冒険活劇だ。イタリアの伝統とスチームパンクの融合した本書の作者はカルロ・ヴィチェンツィ。これが長編デビュー作。現在、電子書籍Delos Digitalから、ファンタジーシリーズ「i Cento Blasoni」を刊行中。